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♪ 応用微生物学 ♪

 

◆ は じ め に ◆

 今日から応用微生物学について話をするわけですが、応用微生物とは一体
どういうものであるか、理解してもらうためにまず、微生物は何か、ということから話を
進めていきたいと思います。

 微生物は通常、目にすることは出来ません。しかしながら、有史以前より我々人類は
経験的にその働きを利用してきました。我々が微生物の存在をはじめて認識したのは、
17世紀になってからです。オランダのLeeuwenhoekにより自作の顕微鏡で認識され、
これが、現代の微生物学誕生のきっかけとなります。この後、微生物の種類や働き
(機能)、培養方法や微生物に関する知識が蓄積され、応用微生物学へと発展して
いきます。

 さて、17世紀にはじめて存在が認識された微生物。その分類は、細菌(真正細菌と
古細菌)、菌類(酵母やカビなど)、一部の単細胞藻類、原生動物、ウイルスが含まれ
ています。ウイルスは細菌のように独自の代謝系を有せず、他の生物に寄生して
はじめて増殖することから、生物と無生物の中間的位置に存在するものとして取り
扱われています。これらの微生物は広く自然界に分布していて、例えば、肥沃な
畑の土1gの中には100万(106)個程度の微生物が存在するといわれています。
現在までに知られている微生物の数は、細菌では約250属1500種、菌類では
約5000属45000種ほどです。これは、微生物全体の1%程度に過ぎないといわ
れており、我々が認識していない微生物や機能がたくさんあり、宝の山がどこかに
あるのかもしれません。

 現在認識されている微生物の中で、我々人類が古くから利用してきた技術の一つに
発酵があります。発酵が微生物の働きにより行われることを明らかにしたのは19世紀
になってからです。パスツール(Louis Pasteur)により、微生物の作用が認識され
ましたが、パスツールは個々の微生物を純粋に分離する技術の確立は出来ません
でした。この技術を確立したのは今、何かと取り上げられている炭そ菌やコレラ菌、
結核菌などの病原細菌を発見したコッホ(Koch)の業績です。微生物の実験では
菌を純粋に分離し(純粋分離)、培養すること(純粋培養)が非常に重要になります。
また、分離した菌を保存する技術(菌株保存)も重要で、この技術のみを追求している
研究者もいるほどです。
 有史以前より微生物を認識せずに行われてきた自然発酵が、パスツールとコッホの
業績によって純粋培養による発酵時代へと代わり、彼らにより、発酵・腐敗・伝染病の
原因としての微生物の作用が認識され、純粋分離法などの実験技法が確立されま
した。

 さて、パスツールやコッホの時代に確立された微生物学ですが、その範囲は広範に
渡ります。発酵化学はもちろんのこと、微生物遺伝学、分子生物学といった遺伝子の
本体や情報発現の研究や細胞の発生・分化といった生命の基本的現象を分子レベル
で解明するような研究も微生物がモデルとなって研究され、様々な生物に適用されて
いきました。また、最近では、微生物を利用して環境浄化を行う研究なども行われ、
微生物の潜在能力の大きさには目を見張る部分が多いのです。
 ずいぶん前に、ある高名な研究者の方が「
Microorganisms can do anything.」と
いわれたことがありますが、まさに、その通りなのかもしれません。

 微生物や微生物学についてお話ししてきましたが、応用微生物学の話なので、
個々で日本人が貢献した技術であるアミノ酸発酵について話をしましょう。
 アミノ酸発酵は読んで字のごとく、アミノ酸を発酵によって生産する方法です。
例えば、アミノ酸の一種であるL−グルタミン酸。これは調味料として現在でも大量に
使われていますが、1955年にこれを生産する菌(Corynebacterium glutamicum
が発見されました。L−グルタミン酸のナトリウム塩であるグルタミン酸ソーダ(MSG)
は昆布の旨味成分として池田菊苗博士によって発見されたものです。従来は小麦
グルテンの加水分解で製造されていましたが、糖とアンモニアから大量のグルタミン酸
を蓄積する細菌が発見されてからは一挙に発酵法による生産が実現しました。
自然界から分離されたグルタミン酸生産菌は生育に微量ですがビオチンを要求
します。ビオチンは脂肪酸生合成に関与する酵素などの補酵素として働くビタミン
(Vitamin H)の一種です。培地中のビオチンが不足して生育が部分的に抑制された
ときに、このグルタミン酸生産菌はグルタミン酸を生産するのですが、廃糖蜜など
ビオチンを含んだ安価な原材料を培地に用いるとグルタミン酸を蓄積せず、工業生産
の大きな問題となっていました。ところが、ペニシリンという細胞壁生合成阻害剤を
添加することにより、ビオチン存在下でもグルタミン酸を蓄積させることが出来るように
なりました。

 このように微生物の力を借りてある物質(A:原材料)を別の物質(B:生産物)に
変換するプロセス(A→B)を生物変換といいます。
 最後に、実用化には至っていないのですが、微生物を利用した環境浄化と有用物
質生産の例として、2年ほど前まで携わっていたエチレン生産の話をしてこの講義を
しめたいと思います。
 A(原材料)に入るのが二酸化炭素、B(生産物)に入るのがエチレンになります。
二酸化炭素からエチレンへの変換を行う微生物は遺伝子操作を行ったラン藻になりま
す。二酸化炭素は地球温暖化の要因の1つなのですが、その固定化技術や吸収技術の
決定的な技術は現在の所まだ確立されていない状態で、これらの開発が待ち望まれて
います。また、エチレンは工業原料の初発物質として重要な原料ガスなのですが、
現在は、石油化学から作られています。ところが、石油というのは天然資源で、その量
には限りがあり、いつまでも使えるものではありません。そこで、遺伝子組換え技術で
細菌のエチレン生成酵素遺伝子をラン藻へ導入することにより、二酸化炭素から
エチレンを作ろうという環境浄化と有用物質生産という一粒で二度美味しい技術を
開発しました。ラン藻は、光合成を行う光独立栄養生物で、二酸化炭素からエチレン
を作る以外にも、生分解性プラスチックの生産を行わせる試みがあるなど、微生物
工場としても注目を浴びている生物でもあります。これからどのような利用が行われ
るのか、とても興味深いものです。

 微生物はこの時間の最初にも書いたように肉眼で見ることは出来ません。ところが、
我々の身の回りには無数に存在し、まだ、その存在を認識できていないものの方が
大多数です。高温や低温、高アルカリなど、極限条件で生育する微生物の中にも未知
の可能性を秘めたものがたくさんあると思います。このように小さいながらも大きな力を
持った微生物を知ることは非常に興味深く、その機能や機作を利用・応用する研究で
ある応用微生物学は大変おもしろい分野であるとともに重要な分野であると考えられま
す。これから少しずつ、微生物の面白さ、利用法についてもっと詳しくお話しできたら
と考えています。

◆ 試 験 例 題 集 ◆

1.次の用語を和訳せよ
@ microorganism 
A mold
B yeast
C bacteria
D colony
E generation time
F fermentation
G growth
H colorimetry
I stationary phase

2.次の用語を英訳せよ。

@ 自然発生説
A パスツール効果
B 栄養要求変異株
C 増殖速度
D 形質転換
E 解糖作用
F 細胞融合
G 培養
H 増殖曲線
I 誘導期

3.菌名を述べよ。

@ アルコール酵母、パン酵母
A 納豆菌
B ヨーグルト菌
C 食酢菌
D ストレプトマイシン生産菌
E 食中毒(ボツリヌス)菌
F ビール酵母
G 大腸菌
H 火落ち菌
I ブドウ酒酵母

4.Rhizopus属の形態を図示し、胞子嚢胞子、中軸、胞子嚢、仮根を全て英語で
  図中に示せ。

5.2種類の野生酵母についてアルコール発酵力を知るために、二酸化炭素の
  発生量を比較したところ、下図のような結果になった。
  A,Bどちらの酵母がアルコール発酵力が強いと考えられるか説明せよ。
  また、ブドウ糖を分解するアルコール発酵反応を化学反応式で示せ。


6.微生物の生育とそれぞれの環境条件(酸素、温度、pH、浸透圧)との関係を
  説明せよ。

酸素

温度

pH

浸透圧

7.グラム染色法を説明し、グラム陰性菌とグラム陽性菌を図示し、違い示せ。

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