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台風18号のつめあと

1999年9月24日明け方、台風18号が熊本に上陸した。
八年前の台風19号と同じ進路を取り、このときも熊本県下に
重大な被害をもたらした。
今回の台風はこのときより勢力の強いものであった。

熊本県下の状況
(一部)
1999/09/24現在

死者14人(午前10時までの県警調べ)
最大瞬間風速 66・2メートル記録
    (熊本県牛深市 午前3時20分)
鉄塔被害 15本
停電(最大時) 48万戸
1999年09月24日午前5時半。
東側から吹いていた風向きが南側へ変わった。
風が強くなったと思うまもなく、停電。二階が雨漏りしていないか、わたしは不安になって部屋へあがっていった。
その途端”バリーン”という音とともに私の寝室の窓ガラスが割れた。もし、寝ていれば、割れた窓ガラスが私の胸に突き刺さっていたかもしれない状況である。
荒れ狂う風と吹き込む雨に、ただ、恐ろしく、台風という自然の猛威に対しては、とてもかなわないのだと震えた。
でも、現実には震えて泣いているわけにはいかず、割れた窓ガラスを一畳ほどのカーペットで母と二人、吹き飛ばされそうになりながらおさえ、父はその上からベニヤ板を打ち付けていた。
あのとき、もう一度、瓦が飛んで窓を割っていたら・・・・・
今考えても、恐ろしさがこみ上げてくる。
応急処置でベニヤ板を打ち付けたあと、急ぎ、窓際や部屋の中においていた電化製品を別の部屋へ移し、タオルなどで雨水を吸い取り、ビニールをかぶせた。
下へおりると、そこは割れた窓から吹き込んだ雨水で滝のような雨漏り・・・・・
滝のよう、だなんて大げさに聞こえるかもしれないが、ボキャブラリーが貧困な私にはこれ以外の表現が無い。
凍り付くような二時間が過ぎた。

台風が通り過ぎ、24日正午頃、カメラをもって外へでた。
この状況を伝えたい、そのおもいで撮ったものが
これらの写真である。

こわれた車庫。車庫のある家の奥の家は瓦が飛んでいる。
この光景は現在でもいたるところで見られる。(1999/10/05)
南からの風を受け、壁が崩壊したアパート。


↑ 瓦が飛んでしまった家。
この程度しか瓦が飛ばなかったのは不幸中の幸い。

街路樹も風にあおられ、
根っこが見えてしまっている。

熊本城内の樹齢800年の
大木も台風の被害に。
(写真なし)

停電のため、信号も   
何の役にも立たない。




こちらも停電のため使えなくなったジュースの自動販売機
使えなければただの箱だ。

台風が過ぎ去ったあと、壊れた家や周辺を片づけはじめる人々を至るところで見かけた。
これらのゴミは台風のあとにでたゴミだが、写真を写した日はまだ少ないほうだ。ゴミの中に折れた樹木の枝も見られる。
1週間たっても台風ででたゴミが収集されないゴミ置き場が見られた。」
張り紙を貼り、停電を伝える銀行。
この銀行の停電が復旧したのは三日後のことだ。
 
停電のため休業せざるをえなくなった店。

このスーパーも三日間。
休業せざるを得なかった。

停電時も開いていたお店
この店舗も開店休業状態が
三日間続いた。
開店休業状態になってしまった店の中で、電気が復旧するのをまつ店主。
写真店では電気が来ないと
写真を現像することも
プリントを焼くこともできない。
写真道楽というページにはふさわしくない内容かもしれない。でも、このことはカメラでとらえ、伝えたいという思いがどうしてもあったので、あえて、ここで紹介する次第である。
最後に、この台風で被害に遭われ、お亡くなりになった方のご冥福をこころよりお祈りいたします。

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